| 文物 |
収蔵 サイズ(cm) 備考 時代 図版 |
劉中使帖
(りゅうちゅうしじょう) |
台北
顔真卿が友人に送った書状。
唐 「3」29
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鶺鴒頌(せきれいしょう)
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台北
現存する唯一の玄宗の真跡。
唐 |
| 杜甫麗人行(とほれいじんこう) |
台北
杜甫の『麗人行』という貴族の生活を描いた文章を絵画化したもの。
唐 |
祭姪文稿
(さいてつぶんこう) |
台北 縦28.3 横75.5
安禄山の乱で、従兄弟顔杲卿(がんこうけい)ら三十人以上の一族が命を落とした。本書は、杲卿の末子であり、甥(姪)にあたる顔季明を悼む、塗りつぶされた34文字を含む269文字の弔辞の草稿である。
唐 「3」96、153
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明皇幸蜀図
(めいこうこうしょくず) |
台北 縦55.9 横82.0
原画は唐代の李昭道が描いたといわれる。
安禄山の乱で蜀に逃れる玄宗一行を描く。
唐 「3」90
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写生珍禽図
(しゃせいちんきんず) |
北京 縦41.5 横70.0
前蜀の黄筌(こうせん)が、子の黄居宝のために描いた手本といわれる
五代 「3」96
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鳥紋執壷(ちょうもんしっこ)
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台北 高さ23.5 底径13.2
楚の長沙窯で焼かれた磁器。
五代 「3」89
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| 層厳叢樹図(そうげんそうじゅず) |
台北
南唐の巨然(きょねん)の作。
五代 「3」181
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歙石長方硯
(きゅうせきちょうほうけん) |
北京
歙県に産した石でつくられた硯は「歙硯(きゅうけん)」と称され、端渓硯(たんけいけん)をもしのぐと専門家は賞している。
五代 「3」185
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求澄心堂紙尺牘
(きゅうちょうしんどうしせきとく) |
台北
李Uが世に送り出した「澄心堂紙」への憧れを、北宋の高名な書家蔡襄(さいじょう)が貴重な澄心堂紙に綴ったもの。
北宋 「下」(23)
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| 江行初雪図(こうこうしょせつず) |
台北 縦25.9 横376.5
趙幹が故郷である江南の初冬の風景を描いた。
五代 「3」94、95
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| 韓熙載夜宴図(かんきさいやえんず) |
北京 縦28.7 横335.5
南唐の後主李U(りいく)は、画家の顧閎中(ここうちゅう)に命じ、功臣韓熙載の連夜の宴会の様子を描かせた。
五代 「3」92、93 「上」(11)
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| 李廷珪墨(りていけいぼく) |
台北
李Uは、廷珪という職人がつくる墨を最大限に援助し、王家の姓まで与えた。
五代 |
| 顔真卿石像(がんしんけいせきぞう) |
石像は、山東省陵県に所在。書家の石像らしく、右手に筆を持っている。
肖像画は、「3」77。
唐 「3」28
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| 永泰公主墓壁画(えいたいこうしゅぼへきが) |
胡服をきらびやかにまとった、ふくよかな宮女たちが描かれている。
唐 「3」125
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| 牽駝胡人俑(けんだこじんよう) |
駱駝を牽き、隊商を率いる胡商の姿。陝西歴史博物館蔵。
唐 「3」87
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| 争座位帖(そうざいじょう) |
顔真卿。西安碑林博物館蔵。日付は広徳2年(764)11月。尚書右僕射(しょうしょゆうぼくや)という要職にある郭英乂(かくえいがい)が宦官に席次を譲ったことを非難する書簡。
唐 「3」163
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| 黄巣長安入城図(こうそうちょうあんにゅうじょうず) |
唐滅亡の原因となった黄巣の乱を描く。
唐〜五代
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| 王建石像(おうけんせきぞう) |
王建は、朱全忠が後梁を建国し唐を滅ぼしたのを契機として、四川省に拠って907年に前蜀を興した。
石像は高さ15m、奥行き23mの巨大な墓室に安置されている。
五代 「3」34
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| 長沙窯磁器酒壷(ちょうさようじきしゅこ) |
湖南省博物館蔵。楚の王都(湖南省長沙)におかれた窯を長沙窯という。壷には宣伝文句や男児の気概、恋のせつなさなどを示す詩文が書かれている。
五代 「3」177
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後主観棋図(こうしゅかんきず)
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南唐後主李Uが将棋を観戦しているさまを描く。
五代
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